厚生労働省では「全ての国民が健やかで心豊かに生活できる持続可能な社会の実現」のビジョンのもと、健康日本21を作成され国民の健康増進のための指針が示されております。
出典:厚生労働省 「健康日本 21(第三次)」を推進する上での基本方針https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001102264.pdf
第3次から「睡眠時間が十分に確保できている者の増加」と「健康経営の推進」という項目も新たに追加されてそれぞれ目標として60%、10万社と定められております。
前者は「個人の行動と健康状態の改善」で、後者は「社会環境の質の向上」というカテゴリーに分類されています。
出典:厚生労働省 「健康日本 21(第三次)」を推進する上での基本方針https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001102264.pdf
また、健康づくりのための睡眠指針が2014年に作成されていましたが、それと同時期に実施された健康日本21(第二次)12休養分野の指標である「睡眠による休養を十分とれていない者の割合」(Non Restorative Sleep )は、ベースライン値 の18.4%(平成21 年)から15%(令和4年度)に低下させることを目標とされていましたが、 最終評価時は21.7%(平成30 年)と悪化した結果となりました。
※睡眠休養感の欠如は様々な研究で高い確率で肥満・糖尿病・高血圧・うつ病・死亡率に繋がる可能性が示唆されているグローバルでも利活用されている重要な指標になります。
そのような背景もあり2023年に約10年ぶりに改定された健康づくりのための睡眠ガイド2023では「適正な睡眠時間の確保」と「睡眠休養感の向上」の増加がそれぞれ80%・60%に定められています。
この2つの目標を、成人、こども、高齢者ごとに推奨事項がまとめられています。
出典:厚生労働省 健康づくりのための睡眠ガイド2023 https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001181265.pdf
また、経済産業省が推し進める健康経営の生産性向上施策の中でも睡眠施策が1番最初に掲載されている事から、国策として、睡眠がいかに産業現場にとって労働安全衛生・生産性向上・メンタルヘルス対策において重要な要素であるかが理解できます。
詳細に関しては、こちらの記事をご参照ください。
今回は厚生労働省が発表した健康づくりのための睡眠ガイド2023の成人版(P11〜P14)について、弊社がご支援してきたクライアント企業様の現場実態も含めて解説したいと思います。
お手元にダウンロードしてご確認ください
出典:厚生労働省 健康づくりのための睡眠ガイド2023 https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001181265.pdf
まず推奨事項が3つあります。
簡単に要約すると以下になります。
- 適正な睡眠時間の確保しましょう。
- 睡眠の質に関係する生活習慣をコントロールしましょう。
- 上記をやっても睡眠に満足できない場合は病気の可能性があるので医療に行きましょう。
まず「適正な睡眠時間の確保」ですが、ガイドのP11の適正な「睡眠時間の目安について」にも記載の通り適切な睡眠は個人差が大きく平均値が自分にとって必ずしも最適ではないという大前提の認識が必要です。例えば大谷翔平選手のようなアスリートは20代ですが10時間睡眠をとると言われています。
また、この推奨事項は『6時間』というのはあくまで最低ラインの⽬安であり、決して6時間を推奨しているという意味ではないのでご注意ください。
自分にとって適切な睡眠の見極め方は以下の3つを参考にするとよいでしょう。
- 日中の生活や仕事に支障がない (機能障害)
- 平日と休日の睡眠時間に2時間以上の差がない (社会的時差ボケ)
- 起床時にすっきり感がある (睡眠休養感)
その適性睡眠が平日に確保されていないとガイドP12で言及されている社会的時差ボケ(休日の寝溜め)が発生し、肥満や糖尿病、生活習慣病、脳血管障害や心血管系疾患、うつ病、寿命短縮などの様々な健康リスクの可能性が高まります。
出典:厚生労働省 健康づくりのための睡眠ガイド2023 https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001181265.pdf
また、研究におけるとても重要な事実は、平⽇睡眠時間が6時間未満の⽅が寝だめをすると死亡リスクが有意に⾼まるという結果です。更に、平⽇睡眠時間が6時間以上であっても、休⽇に2時間以上寝だめしていると死亡リスクは減らない( ≒ 休日の寝溜めはよくない)ということも示されています。
それでは現実社会の実態に目を向けてみましょう。
弊社が成人6,123人を対象に実施した睡眠負債実態調査2023の結果ではこの休日の寝だめをの平均は1.2時間(72分)で特に20代〜40代で発生していることが確認されました。
更に、上述した『平日の睡眠時間が6時間未満の方が寝溜めをすると死亡リスクが有意に高まる』という研究結果でしたが、現代社会の実態はなんと平⽇の睡眠時間が6時間未満の⽅が44%(2,694⼈)以上でした。
このような現代社会の実態を踏まえて、早急に政府は中⻑期的な国民の健康戦略を検討する必要があると考えています。
そこで、弊社では応急処置的に仮眠をすることをオススメしています。仮眠をすることで生産性やパフォーマンスの維持が期待できます。また、睡眠不足の日を連続させない工夫も重要です。
弊社のクライアント企業様では三菱地所とネクストビートに仮眠室設置のサポートをさせて頂きました。
また、従業員が適切な睡眠時間を確保するために最も効果的かつ根本的な施策はP13で紹介されている「勤務間インターバル制度」の導入です。
出典:厚生労働省 健康づくりのための睡眠ガイド2023 https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001181265.pdf
EU各国では既に全ての国で義務化されていますが、日本では令和3年7月30日に「過労死等の防止のための対策に関する大綱」として以下が目標に定められ、未だに努力義務のままです。
- 令和7年(2025年)までに、勤務間インターバル制度を知らなかった企業割合を5%未満とする。
- 令和7年(2025年)年までに、勤務間インターバル制度を導入している企業割合を15%以上とする。
厚生労働省「過労死等の防止のための対策に関する大綱」の変更について https://www.mhlw.go.jp/content/11201000/000811097.pdf
こちらの勤務間インターバル制度が日本でも義務化になれば、労働者の多くが自分に適切な睡眠時間確保が促進され「全ての国民が健やかで心豊かに生活できる持続可能な社会の実現」のビジョン実現に本質的な施策の1つになることは間違いないと考えています。
次に「睡眠の質に関係する生活習慣をコントロールする」ですが、睡眠ガイド2023のP22〜P33までは睡眠の質を良くするもしくは悪くする環境・生活習慣・嗜好品との関係性が詳しく記載してあります。
出典:厚生労働省 健康づくりのための睡眠ガイド2023 https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001181265.pdf
残念ながら日本の現在の義務教育過程では睡眠について学ぶカリキュラムはありません。
その結果「どのような日中の生活や活動や環境がどのように睡眠に影響をあたえるか」という所謂「睡眠リテラシー」を知らずに成人になっています。大人になってからでも遅くはないので、睡眠リテラシー(弊社では睡眠の技術と呼んでいます)を学ぶ機会を企業は従業員に与えることが急務だと考えています。
同時に弊社の上記の同調査では、NG習慣としては、ベッドでのスマホ利用が68%(4,164)、夕方以降の仮眠が36%(2,204)、寝る直前の食事が44%(2,694)、寝る直前のアルコール摂取が36%(2,204)でした。
GOOD習慣としては、朝に光を浴びるが62%(3,796)、朝食を食べるが79%(4,837)、お風呂にしっかり浸かるが46%(2,817)でした。
こちらに関しても、上記同調査の結果と合わせて見てみると、現時点で睡眠薬やCPAPなど医療行為を受けている方は6,123人の中で7.2%の440人です。
しかし現在の医療の根本的な社会課題として、個人が自分の睡眠に違和感をもち医療機関にいかないと診断および処置がされないという構造があるので、実際にはもっと多いであろうというのが弊社の見解です。
ちなみに、今回の睡眠ガイド2023で交替制勤務の推奨事項が少ない(P41と42のみ)のは、決して国が交替制勤務の方々の健康の優先順位が低いと考えているわけではなく以下2つが理由になります。
(1) 本睡眠ガイド2023がエビデンス・研究を基本に作成しているという事
(2) 交替制勤務の領域においては、未だまだ研究の数が少ないという事
出典:厚生労働省 健康づくりのための睡眠ガイド2023 https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001181265.pdf
1つ明確に分かっている重要な示唆は、交替制勤務者は⽇勤者に⽐べて、肥満、がん、認知症などの発症リスクが⾼まる可能性があるということです。
とはいえ、現代社会は交替制勤務者なしでは成り立たないのが事実ですので、交替制勤務者に対する特別な福利厚生や健康医療保険の提供、勤務間インターバルの採用、夜間のAIやロボットの利活用、職場での睡眠リテラシー教育、本ガイドにも示されている、仮眠・カフェイン・遮光の利活用で、身体にかかる負担を軽減させる工夫が重要です。
簡単に概念図で今回の『健康づくりのための睡眠ガイド2023』をまとめたのが以下になります。
適切な睡眠時間の確保および睡眠休養感を阻害しない生活習慣の実現(1段目)で、高い睡眠休養感(2段目)は実現出来るはずだが、この2つを実践しても睡眠休養感が得られない場合は、睡眠障害(疾病)が0段目に隠れている場合があるので医療機関への受診を推奨します。
最後になりますが、本記事では国が推進する理想の姿(睡眠ガイド2023)と現実社会のギャップにフォーカスを当てて解説をさせて頂きました。睡眠は痛みや外傷と異なり見た目などにあらわれないので分かりづらく管理するのが難しい側面がありますが、睡眠不足や睡眠休養感の欠如は、着実に私たちの健康を蝕み、高血圧、肥満、糖尿病、合併症、がん、うつ病など発症リスクを確実に上げてしまいます。このまま状態が続くと現在働いているビジネスパーソンの将来の医療費が増大して社会保険制度が崩壊してしまう可能性が高いと危惧しています。
出典︓厚⽣労働省 ⽣活習慣病予防のための健康情報サイト eヘルスネット睡眠と⽣活習慣病との深い関係より作成
冒頭に取り上げた厚生労働省のビジョン「全ての国民が健やかで心豊かに生活できる持続可能な社会の実現」には、まずは現在成人の適正睡眠時間の確保と睡眠休養感の確保ができる社会システムの構築が急務だと考えます。
執筆者:小林 孝徳(こばやし・たかのり)
株式会社ニューロスペース代表取締役社長
一般社団法人 睡眠ヘルスケア協議会 代表理事
一般社団法人 日本睡眠教育機構認定 上級睡眠健康指導士
著書:ハイパフォーマーの睡眠技術 Sleep Skill(実業之日本社)、Forbes Japanオフィシャルコラムニスト